2月2日(金)から18日(日)の間、大阪松竹座で大阪国際文化芸術プロジェクト「立春歌舞伎特別公演」が行われました。上方歌舞伎の俳優を中心に、東京からのゲストも迎えて豪華な顔ぶれが集結し、重厚な時代物から世話物狂言、そして華やかな舞踊まで、魅力的な演目が揃った特別な公演となりました。
「立春歌舞伎特別公演」に出演するのは、中村鴈治郎、中村扇雀、片岡愛之助、中村壱太郎、尾上右近、中村虎之介といった面々。演目は昼の部、夜の部で異なり、昼の部は『源平布引滝』より「義賢最期」、「竹生島遊覧」、「実盛物語」、夜の部は『新版色讀販 ちょいのせ』、『連獅子』、『曽根崎心中』という構成です。
連日会場には開演前から多くの歌舞伎ファンが詰めかけて大盛況。開演を今や遅しと待ち侘びています。そしていよいよスタート。昼の部の『源平布引滝』は、もとは全五段の時代ものの人形浄瑠璃で、寛延2(1749)年に大坂竹本座で初演されたものです。
「義賢最期」は、“戸板倒し”、“蝙蝠の見得”、“仏倒れ”といった立廻りが有名です。片岡愛之助演じる武将木曽先生義賢の、源氏再興を目指すという志が平家方に露見。軍勢に囲まれた義賢は、身重の妻葵御前を近江国堅田の百姓九郎助に、源氏の白旗を九郎助の娘小万に託し、壮絶な最期を遂げるという場面です。
下部折平、尾上右近演じる実は多田蔵人行綱が花道から現れると、会場からは拍手が起こります。そして、義賢の登場には一層大きな拍手が。折平との絡みで手水鉢を割るシーンや、二枚の戸板を立てた上にもう一枚の戸板を渡し、その上に義賢が立ってそのまま崩れ落ちる“戸板倒し”など迫力満点の場面が連続。無数に飛んでくる矢をかいくぐり、多数の軍勢と力の限り戦う義賢ですが、遂に力尽き、壮絶な最期を遂げます。鬼気迫る愛之助の熱演に、会場は大きな拍手に包まれました。
続いては、関西の歌舞伎では戦後上演の記録がなく、久しぶりの上演となる「竹生島遊覧」です。この演目は、義賢から預かった源氏の白旗を守る中村壱太郎が演じる小万が、追手に追われ琵琶湖に飛び込みます。そこを通りかかった平家方の船に救われますが、白旗を奪い取ろうとされ、小万が頑なに拒むと、船上の片岡愛之助が演じる斎藤別当実盛にその腕を切り落とされる、というシーン。一面に広がる琵琶湖が舞台上に現れると、場面転換ではそこに大船が浮かびます。大船の前に配された青い布が揺れ、荒れた湖面を表現。花道からは実盛が乗った小舟が登場したほか、舞台上の大船は横を向いていたものが回転し、客席に向けた船首に実盛が立つなど、大仕掛けの舞台に会場からは感嘆の声が漏れました。
「実盛物語」は、白旗を掴んだ女の腕を見つけた九郎助と実盛らとのやりとり。そしてそれぞれの深い因縁が明かされていきます。舞台は湖畔に建つ九郎助の小屋。ここに実盛と中村鴈治郎が演じる瀬尾十郎兼氏が訪れます。琵琶湖に消えた小万、その息子である太郎吉、そして瀬尾の複雑に絡んだ運命が、瀬尾自身の口から語られます。「義賢最期」から会場を和ませていた太郎吉がここでも大活躍。瀬尾との絡みで会場を盛り上げると、実盛とのかわいいやりとりも見せてくれます。観客は数奇な運命の物語を堪能、最後に実盛が馬に乗り、花道を去ると、会場は大きな拍手に包まれました。
夜の部の幕開きは、大阪松竹座で23年ぶりの上演となる『新版色讀販 ちょいのせ』から。悲恋に絡む悪番頭の姿を滑稽に描いています。尾上右近が演じる大坂の質店、油屋の一人娘お染は中村壱太郎演じる丁稚の久松と人目を忍ぶ仲ですが、お染には片岡愛之助が演じる山家屋清兵衛という許嫁が。そのお染に横恋慕し、油屋を乗っ取ろうとするのが中村鴈治郎が演じる番頭の善六。悪巧みを清兵衛に邪魔された挙句、暇を出され、お染との仲が露見した久松は奥蔵に閉じ込められるという場面。舞台は油屋の店先。お染が登場すると、その艶やかな姿に会場からは嘆息が漏れます。対して、鴈治郎がユーモラスに演じるのが善六。セリフに「片岡愛之助」と入れたり、ホウキを三味線に見立てた掛け合いを見せたりしたかと思えば、粉まみれになるなど、あちこちに笑いどころを散りばめます。続いての場面転換で、舞台は久松が閉じ込められた奥蔵前に。三味線と唄が響くなか、善六、お染、久松が人形の仕草を真似る“人形振り”を演じます。なかでも善六はこれまで以上にコミカルな動きを見せ、会場を盛り上げました。
続いての『連獅子』は、能の『石橋』をもとにした歌舞伎舞踊。歌舞伎の代表的な作品のひとつとして知られています。幕が上がると、能舞台を模した松羽目の舞台に三味線や太鼓、鼓、笛をはじめ、出囃子が並びます。そこに親子で出演する中村扇雀と中村虎之介が赤、白の手獅子を携えた狂言師の右近と左近として登場すると、会場からは拍手が起こります。2人は鳴物に合わせて、緩急自在でメリハリのある舞を見せます。なかでも花道で見せるピタリとシンクロした動きは圧巻。続いて、間狂言の「宗論」となって、2人の僧侶が互いの宗派の優劣を太鼓や鐘なども使ったユニークなやりとりで競いあいます。そして最後は獅子の親子が花道から登場。床を踏み鳴らし、息のあった毛振りを見せると、勇壮で華やかな、獅子の狂いを堪能させました。
夜の部の最後は、近松門左衛門 作、宇野信夫 脚色・演出、中村鴈治郎 指導による『曽根崎心中』。平野屋の手代、尾上右近が演じる徳兵衛と天満屋の遊女、中村壱太郎が演じるお初の一途な恋、そしてそのために迎える悲劇を描いた名作です。舞台は藤の花が咲く華やかで明るい生玉神社の境内から。しかし、徳兵衛が中村亀鶴が演じる油屋九平次に騙されたことから雰囲気は一変。ひどく打ち据えられた徳兵衛の嗚咽が暗闇に響くと、場面は天満屋へと転換します。ここでも徳兵衛を心配するお初の心情と同じく、静かなシーンが続きますが、中にはクスリと笑える場面も。夜中に天満屋を抜け出すシーンでは、ドキドキハラハラの演出もあり。最後の場面転換のあと、2人が薄暗い花道を進んだ先に辿り着いたのは曽根崎の森。鳴物に合わせ、2人は幻想的な森のなかで手を取り合い、泣き崩れます。そして切ないラストシーンへ。満員の観客から大きな拍手が起こり、幕となりました。