5月24日(土)・25日(日)、大阪を代表する能楽師で人間国宝の大槻文藏さん、その後継者の大槻裕一さんを中心に、観世流二十六世御宗家嫡男の観世三郎太さん、野村萬斎さん、野村裕基さん、野村太一郎さんら、全国的に著名な能楽師や狂言師を招聘し、「大阪城西の丸薪能2025」を開催しました。

大阪・関西万博で増加するインバウンドに向けたナイトカルチャーとして、また、大阪でもしっかり育まれ続けている古典芸能を日本全国、そして世界に向けて発信することを目的に行われた本公演。
両日とも上演前には、各演目をイラスト映像とナレーションで解説するとともに、イヤホンガイドを用意することにより、演目への理解を深めてもらう工夫もしました。
5月24日(土)は雨天の影響で、会場をCOOL JAPAN PARK OSAKA TTホールに移して上演しました。 大槻文藏さんが杜若ノ精を、福王茂十郎さんが旅僧を勤めた能「杜若 作物出」。「作物出」とはこの日のための特別な演出のことで、舞台の中央に藁屋を建てて上演しました。三河で沢辺一面に美しく咲く杜若に足を止め眺めていた旅僧の前に、藁屋の中から美しい衣冠をつけ、平安時代の貴族・在原業平の杜若の詠を歌う女性が現れます。この女性こそが実は杜若ノ精。文藏さんは、序の舞では品位ある優美な舞で引き込み、後半は橋掛かりの上で特別な型の恋の舞を披露し、人ならざる者の妖しさと美しさを表現しました。

狂言「樋の酒」は、主人の留守の間に酒蔵と米蔵の番をすることになった太郎冠者と次郎冠者のやり取りをおもしろおかしく描いた喜劇で、太郎冠者を野村萬斎さん、主人を高野和憲さん、次郎冠者を野村太一郎さんが勤めました。米蔵を任された太郎冠者は、蔵の窓から次郎冠者のいる酒蔵を覗き込み、竹の樋を使って酒を飲ませろと言います。二人の距離は橋掛かりと舞台を使って表現。萬斎さんは切れのある舞を披露するなど、太一郎さんとともに酒に酔った姿をユニークに演じました。

この日の最後の演目は能「国栖」で、あまり上演されることのない珍しい曲としても知られています。漁翁(大槻裕一さん)が王(井上正晴さん)に献上した焼鮎の残りを川に戻すと鮎が生き返る場面「鮎の段」や、船で王を隠し、漁翁が気迫を込めて追手(野村裕基さん、内藤連さん)を追い返す場面、後半の天女(武富康之さん)の優雅な舞と、蔵王権現(大槻裕一さん)の勇ましい舞など、見どころも多く、囃子方の演奏と地謡の声も物語の重厚感を演出しました。


翌日の5月25日(日)は予定通り、大阪城西の丸庭園特設舞台で開催することができました。薄暮の中、舞台脇の薪に火がともされ、静かに開演の時を待ちます。
まずは能「清経 替之型」から。「替之型」とは、通常とは異なる特殊な演出のことを指します。能「清経」は、九州で自害した平清経とその妻の物語で、清経を観世三郎太さん、清経の妻を大槻裕一さん、妻に清経の遺髪を届ける淡津三郎を福王和幸さんが勤めました。清経の死を知り、さめざめと泣く妻のもとにその晩、清経の霊が現れます。夢で会えたというのに、ケンカをしてしまう二人。悲しみを語る場面では、笛や鼓、地謡の声も激しくなり、観客の心情を揺さぶります。清経が自害に至った心情を回想する場面では、ライトアップされた大阪城を背景に橋掛かりで舞うという、「大阪城西の丸薪能」ならではの演出。クライマックスでは、清経の舞とお囃子、地謡が三位一体に。清経を演じる観世三郎太さんは緩急のついた勇壮な舞いで観客を魅了しました。

狂言「二人袴」は、野村萬斎さん、野村裕基さんが、親子役で登場。聟入りの日、舅(高野和憲さん)に挨拶に行く聟を裕基さんが、その親を萬斎さんが演じました。1枚しかない礼装の長袴をめぐって巻き起こす親子のドタバタ劇を、萬斎さん・裕基さんが軽妙に魅せ、観客の笑いを誘いました。

最後は能「一角仙人」です。この曲は室町時代後期に作られたスペクタクルな物語で、歌舞伎「鳴神」の基になった話としても知られています。能には珍しく、たくさんの舞台セットが登場し、それぞれの仕掛けも楽しめます。物語の舞台は天竺(インド)・波羅奈国。額に一本の角が生えている一角仙人(大槻文藏さん)が龍神を岩屋に閉じ込めたため、数月の間、雨が降らない事態となりました。困った帝は仙人の神通力を奪おうと、美しい旋蛇夫人(赤松禎友さん)を仙人の元へ遣わします。旋蛇夫人に惑わされ酒を飲んだ仙人から神通力が消えると、岩屋が鳴動、龍神が飛び出してきました。足元がおぼつかない仙人と、封印から解かれてパワフルな龍神という対照的な舞で魅せます。リズミカルな囃子とエキゾチックな響きの地謡も世界観をより増幅させ、室町時代から語り継がれている物語を、観客の眼前に生き生きと立ち上げました。


25日(日)は演者の姿がモニターに映し出され、わずかな角度で変わる能面の表情の違いなども楽しめるスペシャルな一夜となりました。

